まったく知らずにいてしまったのだが、四月の一週間ほど、青木十良さんの映画が上映されていたという。手痛い。
手遅れながら、映画に行った方の感想を見てみると、やはり行くべきであったと悔やまれる。
映画のなかでかたられていたこと、というのが、また興味深いのだ。
「音楽は背中で演奏する」
「空中に飛翔している時の感覚で演奏する」
「こうね、毛をほんのちょっと使って、カリカリ、って音と一緒に弾く音が良いんですよ。わかるかなあ」
ボウイングは、羽ばたくように動かすと都合がよい。
子音を丁寧に作ると、楽器が鳴ってくる。
ほんと、見てみたかった。ううん。
なにより、映画のタイトルがすばらしい。
自尊、と日本語だけで書くとどうも鼻につくが、これがeleganceに充てられている。
エレガンスは、少なくとも僕には、とてもたいせつな要素だ。
それは、「いき」に近いのかもしれない。
感情の直截的な表出は、決して「いき」ではない。
どこかしら上品なものに包まれて、しかし、どこかソバージュなものをつよく残しているような、そんなエクスプレッションが「いき」であり、エレガントなのだ。
かつてのヤッシャ・ハイフェッツが弟子につねに求めたものもエレガンスだったという。
エレガンスは鼻につく貴族趣味ではない。むしろ、理性と感性に挟みこまれた人間存在が、強くあろうとするときに生まれるものであるはずだ。
手遅れながら、映画に行った方の感想を見てみると、やはり行くべきであったと悔やまれる。
映画のなかでかたられていたこと、というのが、また興味深いのだ。
「音楽は背中で演奏する」
「空中に飛翔している時の感覚で演奏する」
「こうね、毛をほんのちょっと使って、カリカリ、って音と一緒に弾く音が良いんですよ。わかるかなあ」
ボウイングは、羽ばたくように動かすと都合がよい。
子音を丁寧に作ると、楽器が鳴ってくる。
ほんと、見てみたかった。ううん。
なにより、映画のタイトルがすばらしい。
自尊、と日本語だけで書くとどうも鼻につくが、これがeleganceに充てられている。
エレガンスは、少なくとも僕には、とてもたいせつな要素だ。
それは、「いき」に近いのかもしれない。
感情の直截的な表出は、決して「いき」ではない。
どこかしら上品なものに包まれて、しかし、どこかソバージュなものをつよく残しているような、そんなエクスプレッションが「いき」であり、エレガントなのだ。
かつてのヤッシャ・ハイフェッツが弟子につねに求めたものもエレガンスだったという。
エレガンスは鼻につく貴族趣味ではない。むしろ、理性と感性に挟みこまれた人間存在が、強くあろうとするときに生まれるものであるはずだ。


